林業とは何なのか。

 東京大学名誉教授の筒井迪夫氏(森林文化政策研究会会長)は、「グリーン・エージ(2000/1)」に連載していた「森林文化社会」考の第10回「施業実現の具体策について」に、次にように書かれていました。以下はその中の一部を転載しました。
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 森づくり(育成)に限れば、この「業」は、昔から、何らかの「産業余剰の投入」によってしか成立していなかったといっても、いい過ぎではないと思います。その投入は強制、義務、慣習、信仰、情緒によるなど、かならずしも経済的に成立していたわけではありません。
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a0004391_2204097.jpg 今ある森林は、強制、義務、慣習、信仰、情緒などの産業余剰の投入によって育まれてきたと言うことでしょうか。

 そう言えば、
強制とは、二宮尊徳の実話にもあるように、昔はお殿様に様々な林産物を献上していたようだし、
慣習とは、林地の下草を刈る代わりに、その草を田畑の肥料としてもらっていたようだし、
a0004391_98474.jpg信仰とは、神社・仏閣に心願を込め、お参りした人が苗木を献植したようだし、
義務情緒はちょっとイメージがわきませんが、そうした人達により、森林は育まれてきました。

 そうだとすれば、今では林業と言いますが、一昔は「業」ではなかったと言うことでしょうか。
a0004391_0411577.jpg 筒井迪夫氏は、その後に次のように続けています。
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 従ってこれからの課題は、「既存の産業余剰」をどうすれば自発的にあるいは制度的に、森林の造成、維持を含む環境保全活動に振り向けることができるかにあると思います。21世紀型の森林文化は、こうして生まれてくるのだと思います。
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 経済が優先される社会において、森林文化と言う価値観が認められる努力を行うことが、まさにこれからの課題だとも思います。

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by woodlot | 2006-02-04 17:16 | 林業を語る。


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